近寄れない浜辺

2008年03月08日 00:03:06

白浜海岸

海岸線南下の旅の途中(ウミネコライン)に白浜海水浴場を見渡せる場所に止まりました。
八戸市の海水浴場でメジャーな場所です。
小さい頃から海と言えばここでした。

しかし、数年前からこの場所に行くことを避けてしまいます(妻も私も)
何故なら、この場所は私の教え子が命を落とした場所だからです。

今月は祖母の一周忌。
3月は季節柄か、人との別れについて考えさせられます。

今日は、別ブログのファン限定記事からのコピーです。
読んでみたい方は、続きを読むでどうぞ。

誰かこれ歌ってください。

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私、5年前まで 小学校の臨時教員やってました。
子どもって面白いですよ。色んな可能性を秘めていて・・・。
子どもだけでなく、やさしくて面白いご父母の皆さんとのやり取りも思い出深いです。
ま、中にはアル中で自分の息子をイジメル最低な親もいましけどね。
ええ、喧嘩もしますた(殴り合いぢゃないよ)
その子を守るなら、刺されても何されてもいいと必死な時もありましたネー



いろんなことがあった教員生活でしたが、その中で知り合った人とは、今でもお付き合いを。
その方と組んで、7年ぐらい前に小さなバドミントン大会のダブルスで優勝したこともありますよ。
ま、そんな小さな自慢話は置いといて・・・と。



自分にとって楽しく充実した教員生活を、なんで辞めたかというと・・・
周りの先生の自分勝手さに飽きれ・・・疲れ果てたから・・・。
自分が逃げたんですよ、たぶん。
教員の本採用目指してましたけど、やる気が一気に失せました。


それまでに教育現場で培ってきた技術は、これから生まれてくるであろう
自分の子どもに捧げることに。



今では、やさしい営利企業の一社員ですが・・・



2年前の8月にその日はやって来ました。
はじめて無くしました、私の教え子を。
16歳(高校1年生)という短い命で。



初めて会ったのは、その子が小学校4年生の時。
担任は、もちろん私。
運動神経が良く発達していて、走ることをはじめ、球技をやっても上手でした。
学力はそれほど悪くはなかったです。
甘え方も上手だったり、いたずら好きで面白い子でした。
私の教えや怒られるときでも、いつも真剣に話を聞いてくれました。
ですが、そんな彼にも唯一、不得意なものがありました。
それは、水の中での運動。
水泳です。
水泳は、普通の運動と違い、浮力の中で水の抵抗を受けながらの運動になるのでちょっと特殊です。
でも、生まれる前は水の中にいたのでちょっとコツさえ掴めばすぐです。
私が受け持った子どもたちは、最低でも25m泳げるようにしてきました。
中には根性で泳がせる子もいますよ。
何故、私が泳がせるようにしなければならなければならないのか・・・。
理由は、水の事故で自分の命を落とさないようにするため。
それしかありません。
もっとも、危険な水辺に近寄らないことも大事ですが・・・。
人生何が起こるかわりませんから。
私がやらないで、誰がやるという気持ちで指導してました。
だから、夏の水泳の授業は、気合入れます。
中学生相手なら、ピチモコパンツ穿いて(爆)、
小学生相手の場合は、刺激が強すぎるのでハーフパンツ水着で。
今じゃ、見せられない体型ですけどね(苦笑
昔はマッチョでしたよ。男からも好かれてしまうくらい・・・(苦笑



私のその教え子は、小学4年生の時に頑張って、なんとか25m泳げるようになりました。
その時は、本当に頑張りましたよ。
それからどのくらい泳げるようになったのか、評価のしようがありませんでしたが・・・。
その子との付き合いは、その1年だけでした。
5年生になる直前に転校。
学校は変わるけどいつでも遊びに来いと言ってさよならを。
その子と一緒に私もその学校を去ることに。
お互いのお別れで、私はその子にその当時流行ってた音楽をCD1つにまとめてプレゼント
(著作権違反です:苦笑)
彼からは、黄色のマグカップをもらいました。
黒でドラえもんの絵と文字が書かれていて、大人でも使えるデザインで私のお気に入りでした。
色も私の好きな黄色ですし・・・。
ですが、そのマグカップ、その子が亡くなるちょうど半年前に職場の女性が欠いてしまいます。
いや、後から話を聞くとその彼女が直接欠いたのではないようです。
思えば、そのときから嫌な予感がしてました。



2006年8月の週末、社長と焼き鳥屋で一杯やりながら(ジジ臭い?)
テレビを見てると、ニュースでよく見慣れた海水浴場が・・・
海上保安庁のヘリが来て何かを捜索している様子。
聞くと高校生が溺れて一人行方不明・・・
名前のテロップが・・・
私の教え子の名前と一緒です。
進学した高校名も出ました。
唖然としました。
社長も知ってる人の子どもだったので、すぐ親に連絡。
私の会社はジュニアのアイスホッケーのチームを持っていてそこで当時活躍していたのが、
その子だったから・・・。
連絡がスムーズについて・・・
ビンゴです・・・。
同級生4人と海に行ってた際の事故です。
突然の波に引き込まれそのまま行方不明に。
しかも場所は、遊泳禁止区域。
社長はすぐにその海へ行きました。
私も行きたかったですが、行くわけにはいかず・・・
夜遅くに知り合いに電話してみると、結局その日は見つからず、捜索は打ち切りに。
希望は持っていましたが、見つからなければ終わりです。
時間もかなり経っていましたから・・・。
私もライフセーバーの人と講習受けたことありますが、
こうなると遺体が見つかれば御の字。
せめて遺体だけでも見つかるようにと、ただ、ただ祈りました。



次の朝、早朝から捜索開始。
午前中の早い段階で見つかりました。
前日に流されないようにと張ったネットに引っ掛っていたそうです。



見つかった次の日の朝早くに、その子の自宅へ会いに行きました。
行くと彼のお姉さんが出てきて、私を見つけるとすぐ大声で、
「お母さーん!○○○先生来たよーーーーーー」
悲しみにくれてフラフラな状態でお母さんが現れました。
泣き崩れながら、
「お久しぶりです、○○○先生、○○○○に会ってやってください」 と。
遺体は比較的綺麗で、軽く紫色になった唇が印象的でした。
久しぶりに対面した私の教え子は、小学生の面影はあるものの立派な男になってました。
もう、言葉なんかなく、名前呼ぶのが精一杯で。
ただ、ただ目がにじんで・・・。



お母さんは、涙声で
「ほら、○○○○!○○○先生来てくれたよ」
「会いたいって言ってたじゃん!」



お母さんは話続けます。
私が6年前のお別れに渡したCDを大事に持っていたらしく、事故で亡くなる3日前に、そのCDを
聴いていたそうです。
そして、お母さんと
 「随分懐かしいCD聴いてるねー」
 「あの頃が懐かしくてさー、○○○先生どうしてるかなぁ~?」
 「働いているところ知ってるんだから、行ってみたら?」
という会話をしてたと。
その会話には、なんで私が、ホッケーの試合を一度も見に来てくれなかったんだろうという思いが
隠されていたはずです。
その聴いていたCDが入ったそのままの状態のプレーヤーをお母さんが持ってきてかけてくれました。
その曲を聴いてると当時の思い出が鮮明に蘇って・・・
私の癖でもある、音楽によるフラッシュバックで・・・
また、声を失いました。



また、いつか会おうなって言ったのに、
会えたと思ったらこんな姿で・・・。



俺がもっと、あの時、泳げるようにしてやっていれば・・・
俺がもっと、海の怖さを教えてやっていれば・・・
俺がもっと、近くでお前の活躍を見守ってやっていれば・・・



そう思うと、悔しくて、悔しくて。
せめて一度でも、ホッケーで活躍する姿を応援してやることが出来ていれば・・・



悲しい対面の後は、仕事の都合で通夜にもお葬式にも出られず・・・
だから最後にせめて何かしてやろうと。
天国でも寂しくないように、またCDを渡すことにしました。
今の私に出来ることは、もうそれしか残ってなかったのです。



一番最初にいれた曲がこの曲です。

Def Tech 『 May Way 』
Def Tech sound Shen and Micro ' round singing on and on and on
地に足付け 頭雲抜け 進む前に前に前に 手をつなげば怖くないから
そこまでお前は弱くないから でもいつまでも そばにいないから
Believe my way my way my way



~英語歌詞省略~



もうここまでやってきてしまったとか もうどうでもいい
どうすることもできないとか 諦め悲嘆し嘆き悲しみ
自分慰めいたわるその間にも 僕らを必要とする誰かがいる どこにいる
探すことで変わる やっと少し分かったフリ 腹から声出したセリフが行き交い
混ざり合い 語り合い that 関わり合いとてつもなくデカイや
So 出会いや 慈愛や from mouth to ear この限りある無限の世界が
君の地球へ check your head 今イメージの上 Ya my way give it away give it away now
諦めんな 笑わせるな 慰めてんな そばで励ましてやんな Ah



~英語歌詞省略~



夢と現実の狭間で 冷静と情熱の間で リミットある one time
人生を満たされない日々もなんなくと こなせる自分にまずなりたいと
思った時からすぐにtight Fight high と right proud
持ち続けてもでも震える今日 どんなにふけ年老いても
これだけは忘れないでいてよ まずマジ “恥”“劣等感”
“嫌悪感”人に対する嫉妬心 ハズすバシバシ 話し吐き出し
泣き出しそれで確かに 今日はめでたし
でも明日からまた新しい日が始まる





私なりに考えた、私からの励ましの曲です。
一緒に持っていって欲しいという私の願いは叶いませんでした。
CDを棺の中に入れることを担当の方から断られたからです。
今は、お母さんがほぼ毎日仏壇に向けてCDかけてくれてます。




下の文は、ある哲学者の言葉を借りて、学生時代に教授から聞いて心に残ったものです。



『自分の人生に然りをいうこと』


毎日を後悔しないように生きること、それはとてつもなく大変なこと。



私には、この記事のような大後悔が多々あり、いつも体半分を涙で濡らしてます。
(大袈裟過ぎかもしれませんが。。。)


いいのです。結局は自分が悪いのですから。



素敵なオジサンになれる日は、まだまだ遠いですね・・・


貴方の人生が後悔ないものでありますように・・・。
さてと、今日も酒飲みますかね。

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